DeNNKoのソイエット日記

ソイエットを実践する過程で得た、知識、理論、心理を記録するブログ

デブ脳について その1

 

皆さん、オココ~。DeNNKoです。

 

今回の記事が、ソイエットの根幹と言っても過言ではないくらい重要な考えです。これを理解することが、デブから一歩抜け出せるきっかけになると思います。ですが、この考え方の基本は自分の人生経験や感情、思想や理論に基づいて構成されているので、皆さんがどう感じるかは、自分にもわかりません。共感できることもあれば、批判したくなるような内容かもしれません。しかし、この記事を読むことでもう一度、皆さんの考え方を改めるきっかけになることを願います。

 

 

 

太るということは

ソイエットにおいて太っていることを表すデブ肥満の捉え方は、一般的なものとは違います。世間では色々は言葉を用いて、太っている人を表現しています。太っていることを卑下するような言葉から、自慢するような言葉と種類は様々です。ですが、これらの言葉はある共通の思想から考え出されていることを、皆さんも薄々気付いていると思います。それが、

 

太っていることが悪い事

 

という思想です。具体的に上で書いた卑下する言葉は、デブブタピザデブなんてものもあります。自慢する言葉は、ふくよかぽっちゃりマシュマロわがままボディーなどがあります。この2つは、あたかも正反対のことのように思われますが、それぞれの発言の根本は太っていることが悪い事であると言う、同じ考えから導き出されています。

卑下する言葉はその言葉の意味通り、太っている事が悪いのでそれを蔑むために使う言葉ですが、逆に自慢する言葉は悪いことをカモフラージュするために使う言葉です。自他ともに、太っている事悪いという共通認識のため、当人は太っていることを隠すため、他人は太っていると直接伝えないために、遠回しに太っていることを伝えようと自慢する言葉を使います。では、どうして太っていることが悪い事なのでしょうか?

 

太ることが悪い理由

今回は結論から書きます。それは、

 

太ることは悪い事ではない

 

ということです。このことは、今までの記事にも書きましたが、

 

dennko2017.hatenablog.com

 人間が体に脂肪を蓄えることには、ちゃんと理由があり本来は必要な機能です。ですが、現代の食事環境ではこの機能が過剰に働いてしまっているため、問題になっているだけです。確かに、内臓脂肪や血糖値の異常で体に悪影響を及ぼすことが、医学的にも警鐘されていますが、この問題と太ることが同じだと考えるている人は、太ることが悪いと思っています。もしかしたら今は、自分の言っていることが全く理解できないと思いますが、この記事を読み終えるころには、少しでも分かってもらえるはずです。では、太ることが悪くない理由を書いていきます。

 

太ることが悪くない理由

上で書いたように、体が余分なエネルギーを脂肪として蓄えることは、必要な機能であり悪い事ではありません。現状で太っている人が、それが原因で体調に異常があり肥満を解消するのは、体調を改善する手段として有効です。ですが、現状で太っていても今、健康体でいるなら問題はないはずです。確かに、この状態を続けていれば将来的には、体調に異常を来す可能性が太っていない人よりも高くなるかもしれません。

では、太ることが職業の人達はどうでしょうか?ぱっと思いつくのはお相撲さんですが、芸能人でも太っていることをキャラクターとしてお仕事をされている方もいらっしゃいます。芸能人の中には、健康状態に疑問がある方もいますが、お相撲さんは太ることがお仕事です。しかし、皆さんもお相撲さんに太ってることが悪いことだ、とは思っていないはずです。それはお相撲さんだけが特例であって、それ以外は太る必要がないのだから、太っていることが悪いことだと思われそうですが、今回の記事はデブが自分を正当化するための戯言ではありません。

なぜ太っていることが悪い事ではないかというと、太っているという事実よりも

 

太ってしまう生活・習慣・心理・思想

 

に問題があるからです。太ったとは結果であり、太る生活・習慣・心理・思想が原因なのです。少なからず太っている人で、自分から太りたくて太っている人はお相撲さんくらいではないでしょうか?では、なぜデブは太ることをやめることが出来ないのか?このことについて、今回の記事で自分の見解を書いていきます。

ここで、冒頭に書いたソイエットにおけるデブ肥満の違いを簡潔に書いておきます。ソイエットにおいてデブは、太っている自分が嫌いな人を差し、肥満は望んで太っている人を指します。

 

太ってしまう原因

このことについては、以前の記事でさらっと触れましたが、

 

dennko2017.hatenablog.com

ここでは更に掘り下げて、どうして太る生活・習慣をしてしまうのか、その原因である心理と思想について書いていきます。これからの記事は全て自分主体の考えです。個人的な解釈として読んでください。

 

デブの心理状態

前回の”太る習慣について”で少し書いたように、デブが太る心理状態は、

 

ストレスを食事で解消する

 

ことと、太ることが悪いことだと思っていることでの悪循環です。正直に言うと、太るきっかけは十人十色なので自分の場合を書きます。自分の両親は両方ともデブでした。両親がいつから太っているのか知りませんが、自分が記憶にある頃にはもう太っていたと思います。そして、そんな2人の食習慣のもと一緒に生活すれば、自然に太っていくのは必然です。

よく肥満は遺伝するなんて言われますが、科学的な知識がない自分の意見ですが、それは間違っています。遺伝子レベルで脂肪を蓄えやすい体質や栄養を吸収しやすい体質、脂肪が代謝しにくい体質などの要因があったとしても、これはすべて体内に栄養素が摂りこまれなければ起こらないことです。確かに上に書いたような体質の人が、普通の人と同じ量の食事をすれば、その人よりも太ってしまうかもしれません。しかし、それが必ずデブになる要因ではないことは、今までの記事で散々書いたように

 

太る生活・太る習慣

 

が唯一の太る原因だからです。どんなに太りやすい体質だとしても、それを考慮して食生活や食習慣を身に着ければ太ることはありません。性格については、あとの思想で書きますのでお楽しみに!!

話が逸れましたが、太る生活・習慣を親から伝承して幼少期からデブなのは自分だけで、妹と弟たちはデブではありません。ではこのは何だったんのか?同じ環境でありながら、このが生まれた原因は自分の心理状態が関係していたのです。

このことを理解出来たのが、33歳になる手前だったので当時を振り返ることしか出来ませんが、自分はストレスを感じ易かった上にストレス解消の仕方が食事だけだったからです。そして、上で触れたデブの心理状態をまとめると、

 

デブがストレスになっている

 

ということです。きっかけはともあれ、ストレスを解消するために食事をしていたせいでデブになり、今度はデブストレスなりそれを解消するため、また食事をするという悪循環デブの心理状態です。そして、デブがなぜストレスになるのかというと、記事の冒頭で書いた

 

太ることが悪いことだという思想

 

が、デブがストレスになる原因です。そこで、デブになる原因をストレスとした際の解決方法は2つあります。それは、

  1. ストレスを感じない
  2. ストレスを別の方法で解決する

 の2つしかありません。そして今回は1番の”ストレスを感じない”方法を考えていきたいと思います。これは、デブだけでなく普通の人も共通することなので、このストレスの捉え方を理解すると、普段の生活が少し楽になると思うのでぜひ読んでみて下さい。

 

ストレスとは

そもそも人はどんな時にストレスを感じるのか?これにもさまざまな要因がありますが、このブログはデブに向けてデブが書いているので、だいぶ偏った意見かもしれませんが、参考程度に読んでください。あまり具体的に書こうとすると、いつになっても書き終えられないので、結論を書きます。それが、

 

人間関係

 

であり、これはあらゆる場面でもいえることです。現代社会で誰とも関わらずに生きている人は、誰一人として存在しません。そう思い込んでいる人はいるかもしれませんが、日本にいてこの記事を読んでいる人はまず関わっていますし、山にでも籠らない限りホームレスですら1人では生きていません。極力関わらないように生きることはできても、完全には不可能です。では、どのようにストレスを感じにくくするか?それに思想が深く関わって来ます

 

ストレスを感じる原因

上で書いたように、ストレスの原因である人間関係は断つことは出来ません。では、そもそもなぜ人間関係がストレスに感じてしまうのか?そこを解明していきます。ここが実を言うと、一番難しく主観の部分が多いので理解しづらいかも知れませんが、ぜひついて来て下さい。

まず、このことを説明する上で重要なことが、人間が誕生するメカイズムに関わって来ます。メカニズムと言っても難しい事ではなく、人はどのように生まれるのか?ということです。これは皆さんご存知の赤ちゃんです。人間は母親のおなかの中で、ある程度成長してから生まれていきますが、そこからさらに成長することで成人になります。これは他の動物も一緒ですが、このことがストレスとどう関係してくるのかというと、大人と子供のストレスを生む原因になるのです。

一言でと言っても色んな要因がありますが、体型や知識、環境などがあります。これらのが何を生むのか?このことで、大人側にある変化が起こります。それが、

 

自分よりも弱い存在

 

であると認識することです。このこと自体は、ごく自然で当たり前のことですが、この存在がある心理状態へと導いていきます。それが、

 

自分より弱い存在を支配したい

 

という状態です。これは、育児に悩んでいる母親に多く見られる傾向です。そもそも子育てに悩む理由はたくさんありますが、子供に対してイライラする(ストレス)のは、子供の行動や態度などが自分の思い通りにいかないことが原因です。自分の理想と離れることで、現実とのにストレスを感じているのです。この心理状態は、子育てをしている母親しか陥らない特別なものではありません。では、これらの考えをデブが陥る心理状態に置き換えて行きます。

 

上では強い存在を母親弱い存在を赤ちゃんに例えましたが、現代社会には更に多くの上下関係が存在します。例えば、男女関係、家庭関係、仕事関係、学校関係などに上下関係が存在しています。この上下関係がどんな心理状態をもたらすのか、それが

 

優越感劣等感

 

という感情です。そして、デブの皆さんは須らく自分が太っていることに劣等感を持っています。では、なぜ上下関係からこの感情が生まれるのでしょうか?これは自己認識が大きく関わって来ます。

 

自己認識とは

ここから話は更に難しくなるので、ついて来て下さい。

まず、皆さんは「自分をどのように認識していますか?」と聞かれても「何言ってんの?」と思うかもしれませんが、この考え方が優越感劣等感を説明する上でとても大切な考えです。その考え方は、

 

自分と自分以外を比較する

 

というものです。少しわかりにくい言い回しですが、ちゃんと理由があります。まずあなたは、自分がどこにいるのかをどう認識しますか?大体の人は目からの情報を頼りに、建物や道路、地名などで自分がどこにいるか判断しています。では、もう少し踏み込んで聞きますが「あなたはどのように自分の性別を認識していますか?」だとどう答えますか?それが自分と自分以外を比較する方法です。

今はいろんな社会的・心理的性別が増えていますが、今回の性別は生物学的性別を聞いているので、自分の場合で書きますが、まず見た目で髪が短い、乳房がない、ペニスが付いているなどの特徴から自分をだと認識しています。では、この特徴がなぜだと言えるのか?それは、自分以外のという存在と比較することで、自分をと認識しています。更に、自分と同じ特徴を持つ自分以外の存在を認識することも、自分をとして自己認識する重要な要因です。

ここから更なる深みに入ります。では「自分が人間だ。」と皆さんはどのように認識されていますか?これも上の男女比較と一緒で、自分以外の生物と比較し、自分以外の人間と比較することで、自分は犬でも猫でもサルでもない人間なんだと認識できるのです。このことからも他人ではなく自分以外と書いたのは、比較対象が人間だけではないからです。今回は社会的・心理的性別については省きますが、これも自分なりの考えがあるので、ぜひ次回以降書いていきます。

 

自己認識の先にあるもの

長々と自己認識の方法を説明しましたが、ここまでついて来ていますか?これから核心に迫っていきます。この自己認識の方法では、自分と比較する対象が必要です。そして、この比較するという作業の中で、人間が陥ってしまうある心理状態があります。それが、

 

自分以外の対象とのをつけてします

 

ことです。これは現代人の価値観の根幹であり、この世から差別やいじめがなくならない原因だと言えます。更にこの価値観が悪化した結果が、第一印象や顔で人を判断する偏見に発展しているのです。では、具体例を挙げていきます。

 

  • 背が高い方が優れていて、低い方は劣っている。
  • マッチョが優れていて、デブは劣っている。
  • 収入が多い方が優れていて、低い方が劣っている。
  • 美人が優れていて、ブスは劣っている。
  • 子供を産んだ方が優れていて、産んでない方が劣っている。

 

思いつくのはこれくらいですが、この価値観は少なからず今の日本人に浸透していると思います。なぜ人は、自分と自分以外を比較した際のをつけてしまうのか?このことを説明するために、人間が誕生するメカニズムが関わって来ます。

上で書いたように、強い存在のと弱い存在のという関係は自然界でも当然のことですが、人間社会ではこの関係に関係が存在します。

家庭内ではという関係が存在します。学校に進学すれば上級生下級生先輩後輩という関係が存在します。更に会社に所属すれば、自分に階級が与えられる縦社会が存在します。この関係はなぜ存在するのか、それは上に書いた誕生のメカニズムが関係していて、必然的に先に誕生した人間と後から誕生した人間の時間のが、関係を生む原因です。

すべてが、単純に時間に比例するわけではありませんが、人間は誕生してから時間をかけて成長していきます。身体能力や学習能力などは個人差はあるものの、時間をかけて成長していくので、スタートが早い方能力が上なのは当然です。更に、個人差と言っても性別や環境、遺伝や体型などの要因が重なることで、人間は様々な個性を持ち合わせて生きています。では、このがなぜに繋がるのか?それが、

 

他人に自分を認めてほしい

 

という欲求が関係してくるからです。もう少し難しく言うと”承認欲求といわれるもので、最近ではSNSなどの普及と承認欲求の関係性を、テレビなどで取り上げられているのを目にしました。だいぶ小難しいことを言いましたが、要するに

 

自分を愛して欲しい

 

という感情を満たしたいということです。この文字だけだと、あたかも自分以外に愛されたいと思ってしまいますが、この感情は”自分”にも該当するものです。ここは経験でしか書けませんが、この感情の根幹が自分を愛したいという思想ですべての始まりだと思っています。そして、今まで書いてきた、自己認識承認欲求劣等感を生むことで、人間がをつける原因になるのです。

 

優越感と劣等感とは

これまで書いてきたものを、出来るだけ分かり易くまとめていきます。

まず、人は赤ちゃんとして生まれて、自分のことはほとんど出来ません。に育ててもらいながら、自分は何なのか?を自分と自分以外を比較しながら、認識していきます。それと同時に、自分に何が出来て、何が出来ないのかを認識していきます。そして、体の成長とともに立つことや、歩くこと、話すことや、読みことなどを身に着けていきます。

この成長の過程で人間にある考えが芽生えるのです。それが、

 

自分には、なぜできないのか?

 

という疑問です。この考えは成長する上でとても大切な考え方で、自分以外の比較対象が自分より成長している場合に感じるものです。この考え方は、自分が出来ないと認識することで、初めてどうすれば出来るようになるのか?というきっかけになる、とても重要な第一歩です。

しかし、この状態の人間を蔑む存在が現れるのです。それが、すでに成長している人間です。この人も同じ時期には出来ていなかったのですが、”先に生まれている”という条件で成長できているだけなのに、あたかも後から生まれたものが現段階で劣っていることが、悪いことだというのです。

では、なぜそんなことをするのでしょうか?それが上で書いた自分を愛して欲しいという感情を満たすため、自分が他人よりも優れていることをアピールすることで、自分を愛して貰おうとする思想です。そして、この出来事がこの2人にある感情を目覚めさせるのです。それが、

 

優越感劣等感

 

です。現状で出来ないことがある人は、出来ないことを馬鹿にされ傷つき、自分は劣っている存在だと認識してしまうのです。そして、現状で出来ている人は、出来ない人よりも自分が優れていると錯覚してしまうのです。では、なぜ出来る人が出来ない人を蔑むのか?これには社会的価値観が関係しているのです。それが、

 

”出来ることを褒め、出来ないことを叱る

 

という大人の価値観を子供が感じ取っているからです。皆さんもこのように育てられたのではないでしょうか?そして、誰もこのことに何の疑問を感じずに、受け入れているのではないのでしょうか?そうです、それが当たり前になっているからです。ですが、この価値観がもたらす問題は深刻です。今までは主に”子供”で考えてきましたが、これが”大人”になると更に複雑に変化していきます。

 

優越感と劣等感の正体

人は生まれてから出来ないことが多いため劣等感を感じる機会がとても多くなります。この経験は、成長するにつれてある感情に変化してしまうのです。それが、

 

嫉妬

 

です。自分が出来ないことを悪いことだと捉えることで、自分の出来ないことが出来る人を羨み、嫉み、妬むことが人間関係におけるストレスの一因になります。

更に、自分を愛して欲しい感情が強くなると、この劣等感を払拭しようとして、ある行動に出てしまうのです。それが

 

自分より劣っている人を蔑みことで優越感を得る

 

という方法です。このことからも分かるように、人間のの発端は劣等感にあるのです。現代社会にはこの考え方が当然のように存在し、この考えしか出来ないため、女性差別いじめパワハラ人種差別がなくなることがないのです。では、なぜ人は自分を認識する過程でお互いのをつける必要があるのでしょうか?

 

まとめ

 

正直に言うと、どうして人は自分を愛して欲しいのか、とは何なのか自分の中で答えは出ていません。なので、根本的な解決にはならないかもしれませんが、今出せる自分の答えがソイエットの根幹になっています。それが、

 

世の中の出来事を感情で判断しない

 

という方法です。こうすることで、どのような効果があるのか?は今回書けなかった”デブ脳”と共に次回の記事でしっかり書いていきます。今回書いたことは、新たなものの捉え方を知ってほしくて書きましたが、自分主体の考えなので皆さんがどう感じるのかは、全然わかりません。もし最後まで読んでくれた方が、コメントを書いてくれるならこれからの参考にさせてもらいたいと思います。

 

最後まで読んでくれた方、ありがとうございました。